「はちのへ演劇祭」04 GO!!演劇の街はちのへ

柾谷実行委員長からのメッセージ04です。


先日、所用で大館へ。
世の中って不思議なことがありますネ。

大学での柾谷は国史研究室。卒論は安藤昌益。
いつかは昌益を舞台に上げたいという夢。
八戸に戻って3年目、昭和49(1974)年の秋
秋田県大館市二井田で昌益の墓が発見されたという記事。
高速未開通時。早速、田子~白萩平経由で当ても無く大館へ。
とにかく何とかなるだろうと教育委員会に飛び込む。
優しい職員の方が僕を案内。
温泉寺で墓の確認。昌益のご子孫の家は通り過ぎるだけ。
「昔、昌益という偉いご先祖があったという言い伝えあったので、現在のご当主さんが息子さんに昌益という名をつけたんですよ。昌益君は、今、大館商業高校でラッパ吹いています。」とのこと。
いつか、その昌益君に会いたいという熱い思い。
 
平成4(1992)年、八戸市教育委員会で昌益のビデオ制作。
メンバーと(制作の田中稔さんも仲間)大館市へ2泊3日の取材旅行。
「猪飢渇を見つめた人」「よみがえった安藤昌益」の2本。
最後に安藤家を訪ねたところ、畑作業帰りのご当主義雄夫妻とばったり。
「これ、持って行ぎなせえ」と山ほどの山芋を頂く。
昌益さんは別居中とのことで残念ながら会えず。

合併前の比内町から昌益一人芝居「出立つ日」の依頼。
公民館ホールで上演。
ご当主義雄さん夫妻が土産にと、またもやたくさんの山芋。
「昌益も見に来ていたんだが、先に帰った」とのこと。ん~、残念!

その後も、北千住での昌益シンポジウムやいろいろな所で義雄さんとは再会。
しかし、昌益さんとの出会いは果せず。

今回、山芋のかわりではないが、大館訪問ということで、八戸土産を持参。
久しぶりの訪問。なんと「安藤昌益生誕の地」という立て看板が!ビックリ!!
安藤家もリフォームで大変身。おっかなびっくりインターホーンを押す。
開いたドアから出た顔は義雄ご夫妻ではない。もしや?
そう、あの昌益さん。固い握手!高齢となった義雄夫妻と同居とのこと。

40年来の願いがようやく成就!現代の昌益さんの手は僕と同じく柔らかかった!
さあ、演劇の街はちのへ再生への願い成就に向けて頑張らなくっちゃっ!!

                             八戸演劇祭実行委員長 柾谷伸夫
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